気持ちはいつもケセラセラ♪

5年に渡る姑の介護記録とその後の私の徒然日記

再び、義弟に電話するも・・・2

母と二人で昼食を食べ、午後1時50分くらいに実家を出ました。

母の家から我が家までは約100キロの道のりです。

どこにも寄らず、帰宅したのは午後4時20分。

所要時間は2時間30分、いつもは3時間ほどかかるのですが、今日は早かったです。


次に実家に行くのは2月10日前後でしょうか。


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前回の記事の続きです。


2014年12月3日


携帯番号のわからない義弟○晴君と話したくて、妻○枝さんに再び電話しましたが・・・

妻○枝さんはあくまでも○晴君を電話口には出さないつもりのようでした。


私 :私とも話したくない、○雄とも話したくないって・・・。
   アルツハイマーになってしまったお義母さんのこれからの事を、
   話し合わないわけには行かないでしょう?

○枝:私は介護の学校に通って介護の資格を取りましたから解かるんですけど、
   私たちが話し合うより、高齢者相談センターに相談することが先なんじゃないですか?


(はいはい、そんなこと、私だって解かっていますし、介護認定の申請もする予定です。
 でも、福祉に相談する事も大事ですが、家族が話し合うことは必要ではありませんか?)

私 :勿論、介護認定の申請はするつもりだけど、介護の分担をどうするかなどを
   話し合わなくちゃいけないでしょう?
   介護の義務は、実子である○雄と○晴君、2人にあるんですよ。

○枝:お義母さんはお義兄さんのところに行くんじゃないんですか?
   私はそう聞いていますけど。


(そうですね、お義母さんは、私たちが引き取るしかないだろうとはずっと考えていましたよ。
 お義父さんが亡くなり一人っきりになってしまったお義母さんの様子を気に掛ける事もなく
 お義母さんのところに全く寄り付かなくなってしまったあなたたち夫婦に
 お義母さんの面倒なんて看れるはずがないと思っていましたから・・・。
 でも、それを私たちが口に出して言ったことは一度もなかったと思います。)


私 :いつ、誰がそんなことを言ったのでしょう?
   とにかく、一度ちゃんと話し合わなければいけないと思いますよ。
   今は話したくないと言うのなら、あなたたちの住所と電話番号を教えて下さい。

○枝:考えておきます。

私 :それでは、良く考えて連絡して下さい。
   連絡がないようでしたら、こちらもこれからどうすればいいのか、少し考えますから。


結局、今回も○枝さんは、自宅の住所も電話番号も教えてはくれませんでした。


これ以上、電話で話しても何も進まないと思い、電話はそれで切りました。
多分、これからも義弟夫婦からの連絡はないだろうとは思っていますが・・・。


実は、○枝さんが言っていた、

「お義母さんはお義兄さんのところに行くんじゃないですか?
 私はそう聞いていますけど。」

という話で、思い当たることが1つあります。


お義父さんが亡くなる少し前に、義弟夫婦は二世帯住宅を建てないか?という話を
持ちかけたことがあるそうです。

お義父さんが住んでいる家を壊して、頭金をお義父さんにも出してもらって
玄関別の二世帯住宅を建てましょう、という事だったようです。
(義弟夫婦たちはその時既に建設業者にも話を持ち掛けていたそうです。)

その時に、お義父さんが「俺はいずれは○雄のところに行くからお前たちとは住まない」
そう言ってきっぱりと断ったとか・・・

夫がその話を義妹から聞いたのは、それから何年か経ってからでしたが。

お義父さんは、最終的には私達と一緒に暮らしたかったのかも知れませんね。


確か、義弟夫婦が実家に全く寄り付かなくなったのは、その頃からだったと思います。


それにしても、あの古い家を壊して新しく家を建て替えるなんて。絶対に出来ない筈です。

だって、○ヨさんが今住んでいる家は、単なる借家なのです。アパートを借りているのと変わりません。

借地権があって、家は自分のものという訳ではないのですから。


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